贈り物をする際の「つまらない物ですが」について

ぼくは基本的には、贈り物をする際に「つまらない物ですが」と言うのは失礼にあたるという考えです。

この記事を書くに当たり、「つまらない物ですが」で検索していろいろな人の考えや解釈を見てみましたが、どれもしっくりくるものはありませんでした。
贈られる側としては、「つまらない物」よりは「良い物」と言って贈られる方が嬉しいと思います。

これはぼくの考えであって、中には「良い物と言っていたのに開けてみるとそれほど良い物じゃないじゃないか」と気分を害する人もいるかもしれません。
贈る側としては、そういうことにならないように始めからつまらないと宣言するのかもしれません。
ぼくが贈られる側だったら、もし自分にとって良くない物であったとしても、相手が良い物と思って選んでくれたその気持ちが嬉しいと感じると思います。

そういう考えだから、「つまらない物」と言うことに否定的なのかもしれません。

こういう考えだったのですが、この前これと似たことを言うことがありました。

前にインターネットを光にしようと検討していた際に相談させていただいた同じマンションの方に、その後無事に光になりましたという報告と相談に乗ってくれたお礼をしに、ちょっとした菓子折りを持っていったのです。
最初にありがとうございましたを言って菓子折りを出した時点では、こちらから「つまらない物」とは言っていません。
そうしたら相手が遠慮したので、そこで「いえいえ、大したものではなくて気持ち程度なので」と言いました。

相手が、ぼくにしてくれた事に対してお菓子の方が大きいと感じたようなので、ぼくの方からそんなことはないと言ったような感じです。
実際、お店で一番小さくて安いお菓子の詰め合わせだったので、本当に大したものではなかったのですが。
小さくて安いものでも美味しく召し上がって頂けると思ったので、贈った物がつまらない物だと言ったのではなくて、相手が感じているほど大層なものでもないですよと言ったというつもりです。
だって相手が遠慮しているのにすごく良い物だと言えば、ますます恐縮してしまうと思ったので。

って書いていたら、大したものではないと言った時点で、ぼくも自分が考えるところの失礼なことを言ってしまったのかもしれません。
よく分からなくなってきました。

この「つまらない物ですが」という言葉は、相手が遠慮してくれるからこそ出てくるのかなと思います。
相手が遠慮しなければ、ぼくがこう言うことはなかったでしょうし。
遠慮というのが外国でもあるのかどうか分かりませんが、日本特有の言葉のようなので。
もらって当然、もっと寄越せ、などという考え方だったら、決して出てこない言葉だと思います。
こういうのは日本人のいいところだと思いました。

ただ遠慮するにしても、少しだけにすべきだと思います。
こちらが贈ろうとしていたものを頑なに拒否したら、贈る人の気持ちを否定することになると思うので。
ちなみにぼくが贈られる側だったら、贈られたものを断るのは失礼という考えなので、あまり遠慮することもないと思います。
遠慮しないからといっても頂けるのが当然とは思わず、恐縮しながらもありがたく頂くという感じになると思います。

なのでもし相手が全く遠慮しなかったとしても、それをぼくは失礼だとは全然思いません。
ただ、相手が贈られて当然という気持ちだったなら、ぼくも嫌な気持ちになると思います。

まとまりがないどころか、何が言いたいのか書いている自分自身も分からなくなってきました。

無理矢理まとめると、最初から言ってしまったらつまらない物を贈ると宣言することになるので言うべきではないということ。
相手が遠慮するようだったらそのように言うのがいいということ。
以上です。

「つまらない物」という言葉で贈り物の価値をマイナスにするのではなく、相手が贈り物を過大評価した際に「つまらない物」と言ってゼロに戻すようなイメージです。
相手が遠慮した場合のみに、相手が相応と考えるところまで贈り物の価値を下げて遠慮なく受け取ってもらえるようにするという感じでしょうか。

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