憲法9条について

ネットでこんな記事を見つけました。

【社会】9条護憲看板に塗料被害相次ぐ 市民団体「まだ戦争をしたい人がいるのか」と憤り

「平和憲法を護ろう!9条は世界の宝」と書いてある看板に、ペンキを塗るいたずらをされたということです。
この記事に対する2ちゃんねるのレスでは自演だとかなんだとか言われていますが、それについてはぼくはよく分かりません。

この件で非難されるべきは看板に無断でペンキを塗った人間、もしくは自演だったのであればこの事を他人がやったと騒ぎ立てた人間だと思います。
なので、この人間たちを擁護しようと言う気は全くありません。

9条を信じることの問題点

この記事から言えることは、いくら憲法9条を謳っていても周りから問題を吹っ掛けてくるやつはいるということだと思います。
日本国内でさえこんな状況なのに、実際に9条が有効になるとこの人たちが考えている国外に向けて「こっちには9条があるんだから戦争を吹っかけてくるな」と言って聞いてもらえるでしょうかね?
9条を信じることにこういう問題があることを、この事件がよく表していると思います。
この市民団体の人たちも、9条を信じることで自分たちが守られていないという現実をよく見るべきだと思います。
そして、9条を信じていたのに問題が起きたというのを自分たちで発信しているということに気づくべきです。
ペンキを塗ることと戦争を起こすことは違うという意見もあるかもしれませんね。
これについては、気が向いたら別の機会に書こうと思います。

これでもまだ9条を信じるというのであれば、警察やマスコミに頼ることなく自分たちだけで話し合おうと頑張ればいいと思います。
しかし実際には、警察に被害届を出しマスコミを使って騒ぎ立てています。
これって、もし日本が他国から攻められたら、自分ではやり返さないのでアメリカさん代わりに何とかしてくださいとでも言うんでしょうね。
アメリカが拒否したら詰みですね。
そうなったらどうするんでしょうか?

9条改正と戦争をしたいというのは別の話

この記事に書いてあった市民団体の言葉で「まだ戦争をしたい人がいるのかと思うと悲しくなる」とありましたが、9条を変えることと戦争をしたいというのは全く別の問題ですよね。
自分も含めて多くの人は戦争をしたくないという考えだと思います。
ただ、外国から攻め込まれないようにするための牽制は必要だと思います。

極端な例えですが、「うちの玄関には鍵をかけないからみんなも泥棒に入らないでね」と言っても、泥棒するような人はそんなの聞くわけありません。
じゃあ玄関に鍵をかける人は自分たちも泥棒をしたいと思っているのかと言えば、そんなことは全くないでしょう。
9条を改正するというのは、玄関に鍵をかけられるようにするということではないでしょうか。
9条を変えて外国に対して無差別に戦争を吹っかけるということではなくて、戦争を吹っかけられないようにこちらもある程度の自衛手段を講じられるようにするということです。
これはぼくの個人的な考えで、他の改憲論者の意見は違うのでしょうかね?
きっと多くの人は同じ意見ではないかと思います。

9条信者に対して疑問に思うこと

あと一つ不思議に思うことは、この記事に出てきている9条の会の副代表は71歳だそうですが、71年も生きていて話が通じない人間に接したことはないのかということです。
今までに接してきた人間が全て話せば分かってくれるような人間だったということであれば、頭の中がお花畑になるのも分かります。
しかし多くの場合、人間生きていくうちに話が通じない人間に接することも出てくると思います。
この副代表に比べたらぼくは38歳の若造ですが、おかしな人と接したことが何度かあります。
そういう場合にどうするかというと、平和的に解決する以外の手段も講じる必要が出てくるかと思います。

この副代表も含めて9条を信じている人間は、相手が殴る蹴るなどやってきたとしても一生懸命話し合いで解決しようとするのでしょうかね。
であればあなたの考えは否定しないけど、それを周りに押し付けるのは止めろと言いたいですね。
だって、この意見を通したとして、何かあったときに損をするのは我々日本国民なのですから。

9条改正についてぼくの意見

というわけで、ぼくは9条改正に賛成です。
これについては、いろんな意見があるでしょう。

戦後70年の間戦争は起こらなかったのだから、憲法9条改正は必要ないという意見があるようです。
確かに直接的なドンパチはなかったけど、北方領土を取られて竹島を不法占拠され尖閣諸島も奪おうと狙われている今の日本の状況って、果たして平和と言えるのでしょうか?
日本の領土が他国に奪われるのを黙って見ていれば戦争は起きないでしょうが、そこまでして戦争放棄を貫くことに何の意味があるのでしょうか?

憲法改正反対のAさんの家に強盗が来て、家族を殺されて金品を奪われました。
Aさんは強盗に対して話し合いで解決しようとします。
それはとても人間ができた行為だと思います。

さてその強盗が次に憲法改正賛成のBさんの家に行き、同じように家族を殺して金品を奪いました。
Bさんは強盗に危害を加えてでも取り押さえようとするのを、Aさんが阻止して強盗に話し合いで解決しようとします。
これってBさんにとっては甚だ迷惑なことだと思います。

ちょっと変な例えですが、これが9条改正に反対するということだと思います。

話が尽きないのでこの辺にしておきます。
ここに書いたことについて、賛成反対いろんな意見があると思います。
そもそも自分の意見が絶対に正しいとも思っていませんので。
一個人の考えとして読んでいただけたら幸いです。

ランキング



にほんブログ村 小遣いブログ 海外輸出・輸入ビジネスへ
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

*